ご覧になっての感想など
ありましたら↓にどうぞ。
以下ネタバレ可
まだ観ていない人は進まないでね〜
(わかっちゃうと面白くないので)
初めてご来訪の方へ・・・
以下は、裏「BBS」に
書き込まれたコメントです。
若干、前後してるかも。
みんちゃ
「・・・馬鹿なおとこ。」(ぽつり)
・・・っていう映画でした(爆笑。←なんだそりゃ!
道端でシャドウボクシングなんかしてないやい。帰りに化粧室に入ったとき鏡に映った顔はちょっとイってたけど(爆。
昔懐かしいモノを思い出した。「うへぇ、ものすごくかつて親しんだ男」っていうカンジ(笑。殺気で切れそうな目だったね。
BHシだ、っていうのを途中で忘れてたよ。気味の悪いオトコだね、口調から歩き方から違ってた。ただ「ソヌ」っていうオトコしかいなかったな。
ホント、バカな男だった。・・・コドモみたいに泣きやがって。
「なぜこんなことになったのか」?
それでも「大丈夫」「安心しろ」ってトコがコタえた。
(あ、コレ、ネタバレ?いやいや、みてない人には意味ワカンナイだろう、多分)
映像は綺麗だったが、惜しいっ!音がっ!弦楽器の音が鈍いっ!・・・のが、気になった(笑。ここだけ気が殺がれたなー。
鑑賞後、あんまり冗談いう気にならないね、確かに(笑。
ヒドく残酷なんだが、ヘヴィだってんでもなくといって哀しいワケでもナイ、微妙な地上3cm位の妙な現実遊離感がある。この「遊離したカンジ」がノワールなんだわな。懐かしいゼ。
しかし登場人物がみんな余りに「ぴりぴり」して「早足。」で歩くので、「げっそり」した(笑。なんかすごく疲れたな、あの「歩き。」は(笑。
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どーなつ
みんちゃクン。おかえり〜。
もうちょとでどーなつは寝るとこだった。ってか、PCの前で寝そうだった。(笑)
「馬鹿なオトコ」ってか、「馬鹿なオトコたち」でも、ソヌはかわいいんで、哀しい。
確かに、全てが「ソヌ」だったね。「歩き方」私も、チェックしてたのよ〜。kokoroちゃんが、「室長もガニ○タ」だなんて言うから〜。(笑)
ソヌって、ぜんぜん「完璧」でも「強く」もなかったのね。と思って、最後、すごく愛おしくなっちゃったのよ。「大丈夫」「安心しろ」は、確かに。
ソヌの生育歴がとても気になってしまうわ。大人になりきっていない「コドモ」みたいでさ。カワイイ。すごく。
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みんちゃ
強くて完璧になれるオトコなのに、ソレを上回って「バカ」なんだ。「このオトコ、どーしよーもねー」と思った。
ボスも「バカ」だったね、確かに。・・・ああ、厭、アレ、ものすごく「かつての上司と自分」を思い出させた(爆笑。
・・・通りすがりの人に叱られるとイケナイのでいっておくが(笑、この「バカ呼ばわり」は「溺愛」表現です、念のため(笑。
「バカなオトコほどカワイイ」ってヤツ?(苦笑
あの「スタンド」もなー・・・、寒気がするようなバカっぷりだった。しかしソヌが「平穏で幸せな生活」をしてるってのは想像できないしねぇ。
ああ、彼の来し方、って気になるねー。こう、「集中」し始めると、「きしー、かちかちかち」って脳のICチップが動く音がしそうな貌をしていたな、と。
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Kokoro
・・・ボスってソヌがこわかったのよね。男の嫉妬の方がこわいっていうからなぁ。
BHさんの演技すごかったわ。ほんと。魂が入りすぎ!命賭けすぎ!身を削りすぎ!ってとこが、むちゃくちゃいいんだな
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みんちゃ
うーん、「ボスはソヌが怖かった」か・・・うんうん、そういうとこ、あったよね。どういう「怖さ」かっていうのがまた見方によって意見が分かれて面白そうだ。
僕が強く感じたのは、「ソヌが揺れたこと」に、ボスも「揺れて」しまったんだな、ということでしたねー。
なので最初と最後の「問答」はソヌのことだけではナイんだわね。
BHシ以外の役者さんもものすごくよかった。「BHシしか覚えていない。」みたいなことがナイ。韓国の「役者」ってとても層が厚いということが実感されました。あれだけ「個性派」ばっかり集めても「ひとつのカラーとしてしっくりくる」っていうのはスゴイことですよ。監督とスタッフ全員でチームビルディングができてるてことで、相当現場がキツかったものと推測する。アレ、編集するの大変だっただろうなあああ。
シン・ミナちゃんはどーでしたか、みなさま?「際立ったり主張があってはイケナイが常に存在感がなくてはならない」ファム・ファタルということでしたが?
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どーなつ
この映画で「揺れ」は大きなキーワードだよね。誰でもいつでも「揺れて」るんだけど。
あの「ボス」もさ。あの立場という設定だからそれなりに「やり手」できたんだろうけど「自分の揺れ」だけは、冷静に収める事ができなかったんだね〜。そこが「馬鹿なオトコ」だよね。。。(注・ソヌの「バカ」とはニュアンスが違います)
あの強烈な個性が、ひとつのカラーに収まってるってのは、やっぱり「監督」の手腕だよね。
どの個性を、どんな形で、どこに出す。というのが計算しつくされているから。BHさんも言ってたけど、もったいない「カットシーン」がいっぱいあっただろうねえ。でも、だからこそ、「凝縮された」っていうのか。。。
メイキングって、本編にないシーンがいっぱいあった?(買う方向に揺れているヒト↑)
シン・ミナちゃんは、確かに監督の求める「ファム・ファタル」・・・(私は「ノアール」のことまだよくわからないんだけど)の、役割を果たしていたと思うけど。全て、わかりやすく「映像が整理されていた」からシン・ミナちゃんは、監督の出したいイメージ通りに素直に応じて、自分の魅力を出せた・・・って気がします。すごくかわいかったし、魅力的だったと思うわ〜。
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みんちゃ
メイキングは・・・うーん、「カットシーン」は殆どナイよ。っていうより、「インタビュー映像」と「メイキング映像」主軸です。どうかな・・・?私見では「絶対に買う価値あり!」ってもんではナイと思う。BHコレクターならあの「インタビューシーン」の為に買うのだろうが、どーなつどのはそうじゃないでしょ。・・・そのうち「ゆうパック」で貸してあげるよ(笑。てか、レンタル屋にでてるんじゃないかな?大抵今メイキングも置いてあるからcheckしてみて、「例の彼女」のとこ(笑。もう「例の彼女」呼ばわりが定着してるな)。ないならリクエストしちゃえば?(笑。
シン・ミナ氏について。
「ファム・ファタル」としては、実はみんちゃは「あら?」と思ったのだ(笑。彼女自身がどうこう、ではなくて、「撮り方」が。そうはいっても「韓国ノワール」なので、もっと「濃い。」のを期待してたの(笑。「濃縮還元200%」てのが「韓国作品」の味だという側面が確かにあると思うから。ジャンルがなんであってもね。キム・ジウン監督が、「思ったより感覚的に『西より』」だってカンジかなー。サブリミナル効果みたいなのがもっとあるかと思ってたんだ。「残念」てホドではないけど、「鰻重に山椒をかけようとしたら2振りくらいで無くなってしまった。これはこれで美味しいけど、ああ、もう一振り欲しかったなぁ」てカンジです、わかってもらえるだろうか(笑。
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どーなつ
「甘い人生」DVD、購入決定なんですが(爆笑)その時に、メイキングもセットというのも出るんじゃないかと思いつつ。。。でも「単品」買いかな。やっぱ。
確かに「濃く」ないよね。あれは「わざと薄く」したんだと思ってた。シン・ミナちゃん、すごくフツーだし。清楚だし。「ひっかかるか、ひっかからないか」ってスレスレのとこで。
彼女のどこに、どう「ひっかかったか」っていうのも全部、映像で「ここと」「ここと」「ここと」って出てくるじゃない。そういうものなの?
ソヌにとってはサブリミナル効果かもしれないけど観てる側には、そのまんまだったよね。
「山椒の一振り」ってのはシン・ミナちゃんに対してではなくて監督に対して???
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Kokoro
凝縮されてたよね〜kokoroはエッセンスもの大suki。
あれはシン・ミナちゃんだったから、良かったですよね。彼女は笑ったら子供みたいになるよね。
kokoroは時々、みんちゃさまは、ほんとは男の方で、女性のHN使って遊びに来てるのかと、錯覚する(疑う)時がある。(爆笑
ところで余談ですが、あの社長「風の息子」でお兄ちゃん役だったのよ、BHさんの。
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みんちゃ
あれで「兄弟」はムリだろ、それはダメだろうっ!(爆笑。てゆうか、ヤメてーーっ、ってカンジ?(大爆笑
はろー、kokoroどの。早々のリターンをありがとうす。
ああ、kokoroどのの「ボスの怖さ」のツボはソコか。むー、なるほど。それは大いにありですな・・・。
僕はさらにイガんでる(笑。多分。)ので、その怖さの中には、「揺るがないソヌ」への「ボス」のある種の偏愛があったと思うのだ。ま、ノアールの定番なんすけど(笑。
どっかにね、嫉妬があるんでわないか、と。
自分の惚れた女なんだけど、「女ごときに自分との絆を切るような裏切りをしやがって」的なね。オトコのヒト、って、実は大層「狭量で嫉妬深い」っていう性質を、どっかで持ってるよね。
だからあんなに「念入り。」にソヌを追い詰めたんだと。
殺しそうで殺さない。執着がなかったらね、あんないたぶり方はしないんですよ。いつもどこかに「可能性」を残しておくようなやり方は、「裏社会の帝王」のすることじゃない。アレには、濃い私情が絡んでいる。
「女の裏切り」は我慢できても、「自分の認めた男の裏切り」は瑕になっちゃったんじゃないか、と。社長の中で。
それを彼は、「ファミリーとはなんでしょう。例え間違っているのだとしても親のいうことを認めて従うのが子です」っていうことに摩り替えていた。
彼が欲しかったのは、ソヌの永遠で瑕瑕のない途切れることのない自分への忠誠で服従で、それを彼の愛の証明だと思っていたフシがあるのだと。
男の持つ、「社会性と個人的な感情の錯綜」ですな(笑。
・・・こんなことをいうから、「ホントは男なんじゃないか」とかいわれるんだな、気をつけよう(爆笑。
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どーなつ
「風の息子」できょうだいっ?!!!ある意味、ソレ、観てなくて良かったかも。(笑)今となっては「どんな兄弟」なのか興味アリ(爆笑)。
「信頼していた部下」への嫉妬ねえ。。。なるほど〜〜〜。それはすごい納得かも。執着なかったら、もっとあっさりと始末してたよね。(それじゃあ、すぐハナシが終わってしまうんだけど)「揺れた」のは「オンナ」にだけではなかったか。。。
シン・ミナちゃん(あー役名が出てこん)の態度が変わったときすごい「複雑な表情をしていた」じゃん。あのカン社長。全てを悟ったからなんだろうけど、ソヌに裏切られたことへの失望と怒りがあったのねえ。あの場面の、カン社長の演技がsukiよ。(あのカン社長、ウチの父に似ている。。。(爆)(昔からその道のヒト?と、思われるフシがあり。。。)
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kokoro
しぶいんじゃぁない?どーなつさま。カン社長、kokoro大sukiよ。お兄ちゃんのときから、いい役者さんだなって思ってたのよん。
ほんと、みんちゃさま、その辺の男より男らしいわ(爆笑)というか、それこそ両性具有なのでは?カン社長のソヌへの執着が、そういうものだったとは。。。ソヌに惚れてたってことでしょ。変な意味じゃなく。ああ、そうだね、そうだよ。すごく、すっきりした。ありがとう!
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みんちゃ
「Making」いわく、カン社長は、BHシのお父様の同級生で、役云々以前によく知ってるヒトだったんですって。
だから、「私生活上よく知っている自分にああいうことをする、ってイミで、カン社長を演じてる彼はとても辛かったんじゃないなかな」とはBHシの弁でしたよ。
僕が感心したのはね、BHシの「イライラ度」と「無垢。」だったんだよね。彼(ソヌ)は自分の感情の振幅がよくわからないヒトだ。
コントロールができない。どっかでものすごく「許しがたいほど狭量」になっているクセに、ヘンなところだけ「ヒラいて無防備」でいる。
アレが「バカさ」加減をMAXにしてたと思うんだよな。
「賢い」んだけど、「生きる上で敏」なんじゃないんだよね。
真性として「男が男に惚れる」ってのはワカラナイのかもしれないけど、でも「そういうワカラナサ」の不条理が、ソヌとカン社長を繋いでたんだと思うんだよね。
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みんちゃ
イタくてイヤだなぁと 思ったのは、ソヌが、
「この七年間、犬のように貴方のいうことをきいてきた」!ていうところだった(笑。
正確にいくつかは覚えてないけど、まあ、ソヌは二十代からカン社長一筋で来たんだよね。「耐え難きを耐え」という自我すらも退けて。
「その俺を、ここまで忠誠を尽くしていると知ってるはずのアナタが、何故、女(ごとき)のことで、オレをこんな風に処断するのか」ってことなんだよね。
あれは、ソヌにとってはものすごい「裏切り」で「打撃」なんだ。
「こんな程度のことで、疑われるようなことしか、俺はしてこなかったのか?」っていう。
「ファム・ファタル」に対して動いた心は、「きっかけ」ではあるんだけども、それは確かに「人造人間ソヌ(笑」にとってはエポックメーキングでルネッサンスな目覚めではあるんだけど、カン社長に対する彼のそれには、較べるべくもない、まったくフィールドが別のことなんだよ。それをカン社長もよくわかってるんだと思う。ホントはあんなにムキになることも追い詰めることもなかった。
「揺れて」しまったことで、あそこまでいってしまっただけなんだ、お互いにね。
「どうなるかはわからないが。最後までいってみる。」っていうのは、そういう意味なんだよね。釈然としないし、「きっと些細なことがきっかけで感情の行き違いになってる」って、両方がわかってる。でも止められない。
「彼を許せない」ということが、止められないんだ。
それは、彼らにとっての、「彼」に対する彼らの矜持の問題なんだと思う。
・・・ああいうところがあるから、男はミステリアスだという幻想をもつんだよな(笑。
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Kokoro
パンフ読んでるみたいだぞ。っていうか、パンフよりおもしろい。
パンフに書いてあったんだよね。BHさんのインタビューコメント。これって、みんちゃさまの言ってることと相当被るよね?やっぱり、同化しようとしてるんじゃあ?
「ほんの小さな間違いをしただけで、どうしてここまで痛めつけられなければならないのか納得いかない。それが彼に復讐を決意させるきっかけですね。」
「ソヌは、ヒスにひと目ぼれしたり、愛だとすぐに気づくわけではない。すべてが終わった後で初めて、自分があの女を愛していたのか、そういう視線で彼女を見ていたのか、ということを考え始めるんです。あくまでも、彼に復讐を決意させるのは、どうして自分がこんな目に遭わされるのかという憤り。確かにボスの命令に背いたけれど、ささいなことじゃないかという怒りです。ソヌから見た原因の提供者はボスであるのに対して、観客から見た原因はヒスなのかもしれないですね。」
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みんちゃ
あれ、そうなの(笑
ぶっちゃけ、ミナ氏の演じた「ファム」はどーでもいいんだよ、ある意味。そんなことより、「カン社長に疑われた(それが「揺れ」っていう本質をついているんだとしても)」ってことの方が、ソヌにはショックだったんだと思うんだ。それは「真実を穿ってる」んだ。カン社長はミナ氏演じる愛人を「処断」したりはしなかったんだから。
だから、リンチされたときの、「カチカチ、キルルー」っていうソヌの「電子頭脳」が哀しい。勝算を立てて「この状況下でどうやったらソレを現実化できるか」ってことを、ものすごく冷静に緻密に考えている。観察して相手を見て、どこがナニが弱味なのかを勘定に入れながら。あれが彼の本質だ、っていうところが哀しいんだと思う。そこに「情状」が寝食する余地がナイ。
どこまでなら追ってくるのか、どこまでやったら諦めるヤツか、そういうことを寒気がするような冷静さで観察している。それもこれも、「カン社長」への道を繋ぐ為に。
あの瞬間に、ソヌは「このままでは済まさない。」っていう復讐を誓ったんだと思う。彼はカン社長に膝を折りながら、もんのすごくプライドの高いオトコだ。
「自分にこんな恥辱を味わわせたヤツを、野放しになんかしておかない。」っていう、復讐の鬼になるしか、彼には方法がナイ。バカで無垢だから。
映画を観ながら、「振幅のハバがナイやつを、こんなに追い詰めて怒らせてはイケナイ」と、ものすごく冷静に僕は思っていた(笑。
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Kokoro
しなやかさがあれば、彼は死なずに済んだ。でも、ないから、いいんだよね。この映画が「ノワール」になるんだよね。。初心者だから偉そうなこと言えないけど。
実は私密かにカン社長の後釜に座るのかしら?なんて下世話?なことを考えてた。ちょっと、「不夜城」なんかも被ったりして。でも、それじゃあ、ちょっと違うのよね。
任侠映画みたいだもんね。
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みんちゃ
ソヌは潔癖だからね・・・ぞっとするほど、過剰なほどに潔癖だと思う。
だから「社会上の頭になる」ってことに、興味を持ちようがナイんだと。
「このままにはしておかない。」って決めたときに、どっかで「自分は『いきつくところまでいったら終わるんだ』って決めてた」気がする。
カン社長を自ら撃ってしまったでしょう。あのときに、彼の「執着」は、この世を離れてしまったな、と思ったな。
彼が執着してたのは、「自分の人生」なんかじゃなく「彼女」なんかじゃなく、「カン社長」、正確にいうと、「カン社長が価値を認めてくれる自分」だったんだと思う。
彼女は、「スタンドを置き去りにする程度」の存在なんだよ。
それに、気がついてしまった。
だから、どうでもよかったんだと思う。最後は。
エグイ欲望があってくれれば、それはそれで生き延びた気がするんだけど。
さすがのkokoroどのの洞察で、ノアールってのは、あそこで執着を手放して潔く死んでしまうから、美学に昇華されるのよ(笑。
て、なんで僕ら、ここで語ってるんだろう、折角どーなつどのがオモテを手配をしてくれたのに(なんかオモテってはばかられるんだ、ノワールだから?笑)?
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・・・ホントに仕事がハヤイな、どーなつどの(大爆。
ウラに先行でイロイロ書いちゃったよ、ごめん。(笑。
「裏」の関係コメントを、こっちに移そうかとまで考えている。。。(笑)
みるにみかねての日記upありがとう(笑
裏のコメントも後で抜粋しようか〜。
って言うくらい盛り上がったね。
これが予測できてたのよね、石ちゃま。
ほんと、賢いなあ(笑
イタいっちゃイタイけど、ノワールの常で、やっぱり「表層からわざと隠されたもの」ってのがあるので、そういうのをissiは敏感に嗅ぎ分けると思うもの!
でも、「コレ」を避けたい要望だったので
それで「裏」よりも「表」で
「避けられる」選択肢を作っといた方がいいかとも思ってさ。
どっかに売ったら?(笑)
最後にカン社長と対面するまでは
一縷の望みみたいのがあったのかな〜。
銃を向けていて、一回下ろしたじゃない。
最後まで、カン社長は、何も言わなかったし。
あの場面、も一度見たい。
確かに「撃った」瞬間、カン社長の下で築き上げてきた「自分」も
「生」への未練も、パン って飛んじゃった。
あれ以後のソヌは、すごく短い間だけだけど
カン社長のしがらみを切って
誰の為でもない、自分として生きたんじゃないかな
と私は感じたの。
名誉も地位もあった時の、ソヌって
冷静で賢いけど、すごく軽い気がした。
「命」が軽んじているからそう見えるのか。「生き様」が軽いのか。
自分の人生を生きていないヒトだから。
BHさんが、よく「先生とよくデキル子ども」の例えをしてたけど
そういうのって、最近よくあると思うよ。
「自分の価値」を、自分自身で見出せないヒト。ってかコドモ。
すごく危ういヒト達。
みんちゃクンの言うように
「シン・ミナちゃん」(役名で言えよ?)に揺れたことは
最後まで重要ではなかったし、最後まで彼にとっては
よくわかんない気持ちだったんでしょうね。
でも、最後に電話をかけて、声を聞いたじゃない。
結局、彼女の為に「生きよう」という算段は全くしなかったけど
彼女への「柔らかいキモチ」が自分の中にあったことに
気付いた事が、せめてもの救いだったと・・・
どーなつは思いたいんだけど。。。
ソヌの中に、ほとんど自覚はないけど
「シン・ミナちゃん」という赤い血が一筋流れた・・・っていうのか。
そんな気がした。
どーでもいいことだけどさあ・・・
シン・ミナちゃんに「あなたって、殺し屋?」とか聞かれて
目をまん丸にしてましたが
BHさんって、どっちかって言うと「キツネ目」なのに
あんなに「目をまん丸」にできるコトに、ビックリしたわ。
目の形まで変えれるのか?このヒトは?・・・って。(爆笑)
「もしかして『ノワール』って大人の童話ではないの?」編 (笑
ジウン監督の作品って観たことありますか?
私はないので、比較できないんですが、読み物などで知りうる限りでは、
彼がよく扱うテーマは「家族」だそうですね。
家族の幻想というかそういうものに対しての問題提起というか。
韓国という儒教社会において、それは必然的に出てくるテーマだとは
思うし、珍しくはないのかも。
「純愛中毒」にもそういうテーマは含まれていましたね。
私が言うまでもなく、「甘い人生」も、組織という家族を通して、
父と子の関係を描き出していたことは明らかだと思うのです。
もちろんテーマはそれだけではないと思いますが、ひとつの側面として。
親の言うことを従順に聞く子供と、子供を別人格として扱うことのできない親の
陥りがちな破滅のパターンだと改めてつくづく感じました。
実際殺し合いになることは少ない(時々ありますよね)けれど、
こういうことは精神世界では常に起こっていることでは?
たぶん、優等生タイプに多いだろうな。
そういう乳離れできない子は、親を心の中で一度抹殺しないと、
自分が死んでしまうんだよね。ソヌは少なくともそれをやり遂げた。
こういう話って童話に多いんだよね。
ソヌが死んでしまうところが、子供の童話と違うとこだけどね。
純文学よりもさらに象徴的というかデフォルメされているというか。。。。
BHさんって純文学的嗜好みたいだから、好きそうだね、「のわーる」(笑
私が、ソヌをすごく愛おしいと感じるのは
ソコかもしれない。。。
「精神的」な部分を、映像化すると、あーなるかも。という危うさは、日常の中にもたくさんあるようで。
予想通り「甘い人生」大盛り上がりですね。(笑
石を気にして「ネタバレ箱」まで作ってくれてゴメンです。今夜きてみて申し訳なく思ってコレ書いてるとです。色々な所で充分ネタバレ読んでるので気にせずガンガンやってね。未見なのに「甘い人生」石バージョンを考え中(爆)ちょっと書いて帰ります。
「少女(誰カノの女優希望、笑)がカン社長の娘だったら?バージョン」です。設定は本編と変わらず、違うのはソヌを利用して少女が父から脱皮を企てソヌは例の悲惨な拷問を受けるが、ぎりぎりで少女の手引きで脱走。日本へ逃避行するだす。そのうち2人は痛ましく儚い恋に陥り、逃げたtokyoでカン父と追っ手に見つかる。ラストはソヌを庇った少女を社長が誤射。ソヌは社長を殺し、少女に接吻しながら自害という筋です。いかがでしょう。笑。
ノアールじゃなく「愛」が一筋残り、虚無が六本木の舗道に紅く沁み込むっていうプラン・・。(笑)
まだ少し理由なくシンドイ毎日で10時間でも眠れるの。(苦笑)時々こうなるので無問題だしょう。
みんな元気そうでうれしいです。回復したらゆっくりお話して下され。では、また〜〜〜ね。
追伸:石は宝塚は一回観てアカンですた。意外?(笑
kokoroちゃんも忙しいので
「きっと静かな夜だわ」と思ったらあ
石ちゃんじゃーーーないのーーーーーーーっ!!!(笑)
どーなつが寂しがると思って来てくれたの?(え?チガウ?(爆)
みんな喜ぶよ〜〜〜♪♪♪
「ネタバレ箱」作ったのに、覗いちゃったのね〜。
そりゃ、覗きたくなるわね。(笑)
かえって「ココにあるから見ろ」って言ってるようなもんだったか。。。
それで。こんな「置き土産」をしていくとは。
「ロミオとジュリエット」みたいで、コレやったら、すごい泣けるね。(爆)
BHさん。tokyoロケやって〜。
そしたら見に行く。そしてそのまま、*suki*お深いになだれ込み〜。(笑)
石ちゃん。疲れてたんだね。
ゆっくりゆっくりご静養されてください。
出てきてくれて、ありがとねっ。
「誰カノ」の女優って、「Happy・・・」の
妹だっけ?
どこへだったら売れるのか、「市場開発」をしなければならない(笑。室長を呼んでくれ(爆笑。
そうそう。ソヌって「アンドロイド」みたいなんだよね。「生き様が軽い」ってのはとっても的を射た表現だな。「どろどろ」がまったくナイ人だからね。だからこそ「キレた」ときの反動があそこまでいっちゃうんだろうけども。
ヒス(やっとヒロインの名前を思い出した。笑)への気持ち、っていうのが、ソヌが「カン社長」以外の人間に初めて「ひっかかった」、いわゆる「感情」なのかと思うと、それはそれで「・・・気の毒なヤツ・・・」と思ってしまうのだが(笑。なんかなぁ、「たった一筋だけの血。」で彼の今生は終わったんだなよなぁ。責めるでも嘲るでもなく、そういうのも含めて「バカな男・・・」って思うんだわ。
「ロマンス」の演奏を聴いているときの「笑顔」、あれってなんだったと思う?
みなさんのご意見きかせて。
ヒスやハイウェイで若い子に絡まれたりしたときに、「おじさん」呼ばわりされるじゃない?(笑。あれ、結構ソヌ的には「・・・なんでオレがおじさんやねん。」て感じてたんじゃないかと思って、ミョーに気になった反応でした(笑。
アンドロイドだからさ、「年齢」ってもので呼称が変わるとか、その表現の中に含まれる微粒子が本質的に「?」だったんじゃないかと思って。かなりウケた、僕的に。「釈然としないんだろうなぁ」と思って。笑。
kokoroどの、
「オトナの童話」。・・・もしかしなくても「そう」なんじゃないの・・・それビンゴだと思うなぁ、いわれてみれば(爆。みんな「おいしい」とこツイてくれてウレシイなぁああああ(笑。
「閉じた」物語だよね。「出口を求めてない」。「出口を『探す』」っていう要素がナイんだ。それは確かに「童話」だよね。「突き詰めて最後までいってしまえ」ばいいんであって、「その先に求めるもの」の為の今じゃないんだよね。
ちょっとキワどいハナシだけど、してもいいだろうか。←するんでしょ。笑。
韓国の文化って、おっしゃるとおりでとても儒教思想の影響が強いと思うんだけども、極論をいってしまうと「怨みは美徳である」ようなレベルまでいっちゃう場合があるんだけども(これは東洋に色の濃い影響で、日本にもマチガイなくある。孔子先生〜泣)、BHシの選ぶ作品てのは、そういう背景だけが表面上に浮上しないようにかわしてるというか、「そこだけに集中しない」っていう要素が多く見られる気がする。そんでそういうところに僕は「文化の変化」をこっそり感じているといっていい。・・・いろいろ日本との間にもややこしいことがあるんだけど、確実に変化してるような気がするのだ。であればこそ「文化交流大使」としての旗手に彼が抜擢されもするのだろーが。
「今はわからなくても理解しようと努力する(←これはものすごく貴重なチカラの使い方だと僕は思う)」こと自体が人が成し得る努力の最大の価値なんであって、「結果は後から時が満ちればついてくる。」的な「unsettle(固まっていないこと、の意)」をこそ「可能性」というワケだからなー。そういうことを例えば映画メディアを通じてでもどっかで感じるてのは、いいことだよなー、と、思うのであります。ま、みんな「自分のsuki」て見方があるんだけど、それを赦す余ハバを持ってる作品が多い、てのはかなーり慶ぶべきことだと思うよ。
・・・働きすぎでアタマが「社会派モード」になってるのだろうか・・・コメントが僕らしくないぞ、キレなきゃ!(←いいよ、毎日キレなくても。爆笑
休暇中にご出馬&お土産、かたじけない(笑。でも小躍り。
大きな声ではいえないが、どっかにこういう要素があるんじゃないか、という期待が僕の中にあったんだよなー、「韓国ノアール」だから(爆笑。
もちっと、ヒスとソヌの距離感、てのが「ナマい」シーンてのもあるんじゃないか、と。・・・なかったんだよ(爆笑。ヒスにとってソヌはホントに見事に「ただの社長の犬。」で「おじさん」で、「この人に私のキモチなんてワカるわけないわ」だったんだよなーーーっ、びっくりしちゃったよ〜(大爆笑。
最後の「ソヌの贈り物。」が、彼女の中に「ナニカ」を生んだと思うけど、多分ね、アレがなきゃヒスは忘れるね、ソヌのことなんかすぐに(爆。
みんちゃ的には、
「社長を庇った少女をソヌが誤射。社長はソヌを殺し、自分は暗黒街の不動のボスとして生き続ける」のが好みです(笑。コレじゃ主役は「カン社長」だが(爆。
シブくてリアルでいいハナシだと思うんだけど・・・ダメだろか(笑。
・・・って疲れているようには、全然見えないコメント類だわね。(笑)
「お題」まで出すし。(爆)
「ロマンス」を聴いてる時の笑顔。
あれ、なんだったと思う?と聞かれても〜。。。
あれって、最後だけだった?出たの。
最初、スタジオで聴いてた時は、映らなかったよね。
本当にあんなに長い間、笑ったんかな〜。(最後の思い出だけの妄想だったんじゃないのかと、ふと思う)
それより、どーなつは、練習中にヒスが笑ったのを見て
一瞬ソヌがフッと笑う所があったじゃない。
アレの方が、気になったわ。
あの人、これまで、自分の周りの人間の感情なんて、気にも留めなかったんでしょう?
カン社長の「ご機嫌」はチェックしてたと思うけど
カン社長が笑ったからって、自分が楽しいわけでなし。
他人の気持ちに共感することもなかったんだと思う。
でも、ヒスに対しては、ことごとく「気になった」んだよね。
仕草も。言葉も。表情も。
だから「ヒスの笑い」に思いがけず自分まで反応してしまった。
それを、ソヌ自身は気付いてないけど
ソヌの心が開いた瞬間は、その一瞬の「もらい泣き」
ならぬ「もらい笑い」だと思うんだけど。
「ロマンス」を聴いて笑ったのは
そのまま「心が開いた状態」で聴いていたので
音楽が心に入ったんだ。で、すごく心地よかった。
今まで、音楽を心から聴いたこともなかったと思うよ。
ソヌって人は。
「人の気持ちに共感できる」ことが、人間らしさの第一歩でしょう。
「共感しちゃった」から、ヒスを助けちゃったんだし。
「おじさん呼ばわり」私もツボだった〜。
うん。あの「笑顔」は、最後のトコだけだった。
「思い出の妄想」っていう解釈もアリだと思うけど、なんでだか、「ホントにあのとき、こうだったんだな。」って気が僕はしたんだ。誰も見てなかったと思うけど。
彼自身も気がつかないような自覚のない笑いだったと思うんだけど。
なんで笑ったのかな、ってのは、かなりナゾで。
ゆっくりDVDで観て考えようと思うんだが。
音楽って、「沁みて」くるとこがあるじゃない。
それが気持ちよかったのかな、って。ただの音の連なりがさー、万の言葉とも引き換えにできないようなものをくれることがあるんだよなー(だから「芸術」っていうんだけどさー)。
感じたことのナイ開放感と、形容しがたい潤いと。「やさしくて豊かであったかいもの」でいっぱいになっちゃったのかな、と。
「音を聴く」って物理的な「作業」じゃない部分で、「細胞に沁みる」みたいなカンジがあるよね。
そういうカンジを体感したのが、彼は初めてだったと思うので、「ウレシイ」とかちゃんと言葉になるようなことじゃなくて、体感したモノが単純に彼を子供みたいに悦ばせたのかな、と。
多分、アレが、彼が「アンドロイド」以外の片鱗に触った最初の「『感じる』体感」だったんじゃないか、と、そんな気がする。
あそこで「笑って」しまうところが、彼の「無垢」を顕してしまっていたよーな、そんなカンジがしたんだ。
子供が音楽に反応したとき、って、ああいう顔、しない?
感動して泣いたりするんじゃないんだ。自分の経験に照らして痛みを昇華したりするんじゃない。
因果関係なんかわからない。
単純に純粋に、「気持ちがよくて悦び」な「感覚」。
アレがあったから、余計にヒスが彼の中で「特別」になってしまったような気がするんだけどなー。
最後にヒスに電話をした彼には、彼女のコマ切れの彼女の笑顔と、途切れることなく流れるあのメロディ(でも彼は覚えていない。その「気持ちよさ」と「潤い」だけを記憶しているのだと思う)かなー、って。
またチェロ、ってとこにナニかを感じるよな〜(笑。「主張があってはならず存在感が失せてはイケナイ」ヒスが奏でるのは、ヴァイオリンじゃなくて四重奏のチェロなんだろうなぁ、やっぱし。「通奏低音」の揺るがなさ、っていうイメージはよくわかるなー、と思ったが。
他の人はどう感じたのかな、と思ってきいてみたかった。答えてくれてありがとう。
いい方はチガウけど、どーなつどのの感じ方は、僕のソレとかなり近かった、って解釈でいいのかな。
音楽がそこにあったことがソヌの心をより動かし開いたというのは、
本当にその通りですね。目からうろこでした。
最初のほうの音楽聴いてるシーンで、ソヌの後頭部が映ってたでしょう?
どんな顔してるのかな〜と思ってたのですが、
敢えてみせなかったよね。
そして、最後にみせた。
ソヌの幸せな人間らしい姿って、あのシーンと
ヒスを迎えに行く時にはなうたを歌うシーンと
シャドウボクシングのシーンだけだったかな。
「おじさん」シーンは別の意味で人間臭かったね。(笑
最後にあのメロディーとヒスを思い出したのは、
彼にとって甘美な死に方だったのかな?
人間としての喜びに気づいた矢先に死なねばならない
自分の人生を哀れんで「むごすぎる」って言ったとしたら、
相当哀れな気もする。。。。
「貰い笑い」をするくらいに、彼は自分の感覚に疎い。
だから、あの「人生の幕引き」が、彼にとって最上の「甘ったるい人生」だったんでないの?
あの一点だけでね。
そういう、不器用でバカなオトコのハナシだったな、と。僕はキライになれないな、ああいう素直さは。
バカで愛おしいオトコだね、近くにいたらたまらなく苦痛だけど(爆笑。
↑の映画評論対談のいろんな切り口がおもしろいですね。この作品の新しい解釈が私の中に加わりました。
さきほど『バンジー〜』観てまいりまして、とてもフクザツな心境でおります。映画HPのBBSにあるコメントのような気持ちにはまだ到底なれない気分です。(→時を越えた永遠の愛うんぬん)
でも、ビョンホンさんはすごい役者だな=と、これだけは言えますね、、
↑の読んで下さったんですか?(笑)
ありがとうございます。
ココの住人(住んでないって?)は、語り出すと止らないヒトばかりで〜。。。
『バンジー・・・』ご覧になったんですね。
どーなつはまだです。
これも「フクザツ」そうですね。観に行くのが楽しみです。
ビョンホンさんは本当にスゴイ人です!
「ヒス」って人に心が揺れたから、アノ「音楽」が心地良く心に響いたのか。
どっちが先で・・・というのは、「卵が先か、鶏が先か」
って感じね。
「ヒス」に心を動かされなかったら、
アノ音楽もただの「音」にしか聴こえなかったんじゃないかとも
思えるのだけど。
ただその相互性を、ソヌ自身がどこまで実感してたかは???よねえ。
あのヒト、ホントにそういう面が「疎い」から。
みんちゃクンが書いたように、「音楽」は「心に沁みる」んだわ。
でも「ソノ音楽」が「ソノ人の心に沁みる」かどうかは
受け手の心理状態の影響が大。
だけど、「音楽を聴いた時の笑い」は、ヒスのことがどうこう。。。ではなくて
『細胞に沁みるという体感が、単純に彼を子供みたいに悦ばせた』というのに、深く納得。
そーいやあ、どっかの宣伝文句で、
「ただ彼女を守りたかった」とかいうのを聞いたので
「守る為に闘うんだ〜」と先入観があったんですが、
え?ソレって違うじゃん。
宣伝を見すぎてはいけないっていうのも、そういう所で痛感。
ソヌってば、最後のシーンで(シャドゥボクシングの前だったか?)
死に顔が笑ってたよね?
あの「笑顔」(・・・と言っていいのかわからないけど)も印象的で。。。(哀)
先日は、マイブログにお越し頂き、ありがとうございました。
こんなに素敵なお部屋をお持ちだったんですね。
なぜか、コメントいただいた時は、こちらにとんでこれなかったんですよ。
さて、私、「甘い人生」2度目に行って参りました。それで、2度目のレビューも読んで頂けたら嬉しいです。
今度は感情論でない(私的には)レビューになってますから、よろしくお願いします。
こんばんは。TB、ありがとうございます〜。
実は、すでに「2度目のレビュー」も拝読済みです。すみません。「読み逃げ」しました。(笑)
本当はコメント書いたんですけど、ウチの様子をご覧になると予想できると思いますが、
すっごく長いコメントになってしまって。
「これは。。。書き込んで良いものか。。」と躊躇しました。〈笑)
また伺います。
>「これは。。。書き込んで良いものか。。」と躊躇しました
そんなこと言わずに、いつでも、どうぞ。長いコメント、大歓迎です。(笑)
実は、私、よそ様に、TBするの、迷惑なんじゃないかって、遠慮してたんですけど、今朝、ある方の「『見ました。』っていう印に、同じ内容のレビューは必ずTBします。」っていうコメントを読んで、「そうなのか」って気が楽になって、今日、いっぱいTBしたんですよ。
こちらは、本当にコメントが多くて、楽しいですね。これまで、ある一部のブログにしかお邪魔していなかったんですが、これから、あちこちに飛んでいこうと思います。
よろしくお願いします。
私もTB、どこまでしていいものか。。。といつも迷います。TB作業って大変ですし。(笑)
TB、してくださったトコロにはさせてもらってたんですけど、「甘い人生」は↓の「エンタメ!ブレイク?」さん関連で、いろいろTBさせてもらいました。それでpekoさんところに行き着いたのです。
自分が動かないと「出会い」は広がりませんものね〜。「出不精」などーなつですが、これからもよろしくお願いします。
ヒスの仕草とか視線とか動線とか が、
ソヌの中でミクロの粒子がころころと一粒ずつ集まるみたいになってたとこへ、
「音楽」が「間」を繋いで有機体にしてしまった、カンジ
・・・かな。
同時性というか連続性っていうものには、それだけの威力がありますな。
ほんの些細なことなんだけど、この「有機」になったとき、なにかを変えてしまうんだわね。
「どっちが先」っていうのは、愚問だね。
アノ場合、「音楽」を聴いたのが、絶妙なタイミングだったんでしょうね。あれより先でも後でもダメだったかも。
「音楽」は形のないもの。だからこそ、自分が「受け入れる」つもりはなくても、カラダの中に知らず知らずのうちに、入り込んでくることがあり。
「うわっ。ヤラレタっ!」って思うこと、どーなつも多々あります。(笑)
今更「甘い人生」かいって思われるかな?でも、みんちゃさんと改めてお話したいので、感想というか疑問を・・・書いています。眼が痛くなるほど長いけど、読んでくれたらウレシイです。(笑)
この話、まったく不可解なSTORYだった。というのが正直な感想でした。(爆)ソヌをBHシが演じてないと、だから何なの?で終わる気がする。でも、ソヌはたまらなくかわいい幼稚な魂を持っていて、その幼稚さが妙に心を揺さぶる感じです。あのコンビニの買い物姿、部屋での無防備な寝姿が素なんでしょう。
ソヌって、↑でもみんちゃさんが話してたように、人造人間べロみたいなんだよね。(ベロのほうが感情はあるが、爆)
裏社会でカン社長に拾われ、懸命に認めてもらおうと生きてきた。謂わば、ファザコン・オトコでしょ?裏社会特有の精神的ホモ。(この場に相応しくない表現、ミアネヨ)
女性はあくまで道具であって、同じ目線に立ち、共に生きるという概念が無い男社会。
それをソヌが1ミリ破った。でも社長だってヒスの鈍さに憧れを抱くというタブーを、既に犯してますよね。ここで、既に組織は崩壊目前だし。(苦笑)
崩壊させた力は彼女の「無防備な若さ」と「音楽」として描かれてるけど、ソヌは感情が無いからソヌなんであって、ヒスの奏でる音楽と、彼女の住む世界(カタギな世界)に揺らいだら、ソヌじゃなくなっちゃう。(爆)
カン社長も同じだしょう。もうヒスにスタンド・オジサンしてる時点で、社長も裏社会を裏切ってる。そうなると彼らは生きようがない。
それが裏社会っていうものなんだ。って監督が言わんとしてるなら、この映画は非常に道徳的な作品に思えるの。エリックが息の根を止める時、よかったね〜と思ってしまいますた。心臓バクバクで直視できないと、あんなに躊躇してたくせにねぇ!(苦笑)裏社会ではもう使い物にならないオトコ達は、使い物になる感情の無い若いオトコに始末されなきゃ、いけないだすからね。
石は案外、始末要求するかも(ああ〜怖ひ!!爆)
芸能界というノアールに棲む人間として、監督はカン社長寄りの視線でソヌを見てる気がしませんか?あの虐待場面なんか、嬉々として撮影してる感じがこっちまで、伝わるよね。
芸能界だって、殺しをやらぬが、カタギじゃないという哀愁は自覚してるだろうな。たまらないのは、BHシがこの自覚を全身で表現してる感じがしたことですた。(苦笑)
もしも、あんな若い女の子なんかに恋したら、オレもソヌになって、業界に抹殺されるのかな?という実感が沸々と漂ってる気がしない?(実体験が投影されてて、それはそれで見事ですが、またそれを見せようとする監督のSっぽさも、プロと言えばプロ魂のカタマリだけど・・・。実際インタビューでボクにもあった発言してるし><)
愛というものに対して、そんなに、辛がらないでもいいじゃん!そう思ったのです。(苦笑)
韓国モノは常にありますよね。「愛=苦しみ」みたいな・・・!楽観的になることが、物凄く辛い人々のドラマ。実は自分がそうだったから、同族を見ることで、直視させられる事で、随分吹っ切れた気がします。(爆笑)そんな人々の中の悲観的チャンピョンが集まる世界を「裏社会」と呼ぶのだろうけど。そして、そんな辛さに、痛さに、酔いしれるのが、彼らの美学なのだが、フランスのノアールとは全く別物よね。在る意味、狭くて、小さい。その小さい話が異様に、べっとり来るみたいな・・・・・(苦笑)
あの最後は、そう思うとやっぱ「甘い」のかもしれませんね。ソヌにとって。痛くないと甘くない彼らだから。
で、結論は無い(無いのかよTT)んですが、(爆)この映画、もしかしてフェミニズムものかな?
ノアールじゃなくて。。。。やっぱ女性は、人の感受性を美しく刺激する音楽(アート)は凄いって言いたいのかな?変な観方??自分でもよくわからんのですが、最後のヒスに届けたスタンドも、あんましショボくって、あれじゃあ、2.3ヶ月でボロになり忘れられちゃうよぉっ!ソヌって思ったっす。(泣)わざとだよね?監督の意図がある気がして。あれほどバカなオトコを描くってのは、逆説的な「女性&芸術賛歌」映画なのかなって思ったとですが、どう思われますでしょうか?(笑)
みんちゃさんも今はもう、ソヌから随分彼方で、日々過ごしてると思うのですが、時間が出来たらレス下さいね。長いスタンスで待ってま〜す。(笑)
経時変化で多少評価が変質してるけど、それはそれでご勘弁ください(笑。
ええと、「切り口」別でいこうかな、そのほうが明確になりそうなので。
「裏社会」と「ノアール」について(論文かよ。笑):
うーん、issiの定義がどういうものかをちゃんと理解してるかどうかは自信ナイけど、ひっかかってんのはココかな、と思ったので、その話。
「裏社会物語」ってのと「ノアール」てのは、別だと僕は思うのだね。
「叙情的な裏社会物語」てのは成立しえる。日本の任侠モノなんかはコレにあたるのであって、これを「ノアール」とはやっぱりいわないよな。
任侠モノを別にしても、「インタナル・アフェア(←香港ノアール)」みたいな、東洋の扱う「ノアール」ってのは、西欧系のソレとはかなりニュアンスが違う。いわゆる「西洋系ノアール」を正調と捉えるなら、やっぱりこの「甘い人生」ていう作品を「ノアール」というのには無理があるだろーと思うのだ。
僕は基本的に「ノアールとはナルシスト映画だ」と思っている。フレンチやイタリアンノアールが面白いのは、徹底的に破壊的破滅的ナルシズムに耽溺しきっているから、「反社会性格者である自分に罪悪感などこれっぽっちも持ってない」から、それがあまりにも歴然と表されているから、カタギとして観ていて怖くて興味深いのだと思う。この、「反社会性格者」ってとこがミソなんだ。人の持つダークサイドが高濃度で現実化しているのだから、それはイタいし、コワいわいね。
「共産主義という名の独裁」と「民主主義」の性質の違い、に似ているかな。
この両者の違いがナニかというと、「目指すもの」だ。本質的に持っている「目的」がチガウ。
それは「生きようとする」ってこと。
「純粋でなければなりようがない」といわれるテロリストの例を引くまでもなく、「純粋に自己の理想の昇華を実現すること」自体が目的になり得る反社会性格者にとっては、それが達成されるなら「死ぬ」ことは忌避にならない。
彼らが「生きようとあがく」ってことはナイのだ。それより自分の理想が大事。自分が耽溺して夢見る世界を成就することが優先。自分の命が軽いから他人の命なんか問題にならない。
・・・このミソになる「反社会性格者」という要素がBHシにはウスイのだ。それを見越して書かれた作品だからソヌは「ノアール」からは離れる。当然といえば当然、というか必然。
ソヌは「生きよう」としてしまっている。おっしゃるとおり、「音楽」や「フツーの女」になびいたりするのは、「ノアール」としては「あり得ない」。
このヘンがヒスに対する違和感として僕の中に「?」が出た原因でした。・・・カン社長はなんであの小娘に執着したのか。お陰で彼まで「ノアール」から離れてしまった。ヒスがあまりにも「フツー」で、「裏社会のボスの情婦」にしては「聖女」でも「悪女」でもなく、そのヘンの「若い世間知らずなジャリ」で、「コケティッシュな魔力がある」って描かれ方すらしていない。「ノアールな男が執着する女」に見えないよね。なのにあの執着はなんだ、と思う。
issiの感じた「裏社会を裏切る」ってのは、そういう意味かな、と思いました。どうであろ?
「芸能界をノアールと見る」てのはナカナカ斬新で(笑、ギョーカイ人ならではの感があります。でも僕が思うのは上にも書いたとおり、「業界がナニか」ではなく、「その個人がなにを目指しているか」ということなのだ。汚れない人というのはどんな環境にいても汚れない。汚れようがナイのだ。そういう宿命を負っているのだと思う。
「傷つく」というナイーブさ自体が、「反社会性格」とはチガウ。
多分、BHシの役者としての今のもっとも大きな障害はこの点だと思う。要素はあるんだろうね。ダレにでもあるんだが、メジャーの宿命で彼はそれをとても強く制御しているので、それが役柄にまで滲んでしまう。北野監督はそれをリリースすることができるんじゃないか、という期待や予感が、彼がタケちゃんに拘る理由なんじゃないか、と僕は邪推している(笑。タケちゃんは「ノアール」なんですよ。彼には真っ黒な「反社会性」がある。自分の理想のために破滅へ向かうことを惜しまない昏いチカラが。
作った人たちの中に「ノアールの要素が薄い」なら「ノアール」は作れないよ。僕はそう思います。欧州の凝った古い血が活躍するのは、こういう「昏い情熱」を表現するときだと思う。それは人種的に生物学的に「生き残る生体的な強さ」っていうものが作っている気がするのだ。白人種の持つ「フラジャイル」さに較べて、アジア人種はしたたかなんだね。ウェットさを武器にしてとてもしなやかに生き抜くことができる。体に持つ半端な色素と同様に、精神的にも「どう転んでも対応できる」という中間位のしたたかさだ。「全てか無か」にはならない。
だから、「甘い」は「ノアール」としては見ない方がいいと僕は思いました。
「叙情的な裏社会物語」だ、あれは
続きです。
「愛=苦しみ」について:
ながーい↑の問答のどっかにも書いたけど、韓国てのは儒教の影響がとても根深く、儒教では「苦しみ」「怨み」というのはある種の「美徳」にカウントされる。要は見方というか、光をあてる視点がチガウだけなんだけども。島国で暢気だった日本と違って(笑、彼らは民族として耐え忍んできた歴史が長い。常に蹂躙の記憶をナマナマしく持っている、といっていい。それはワレワレには想像もつかないことだ、と僕は思う。それは「侵略を受けたことのないワレワレが『気持ちはわかるけど前向きに』なんてあっさりいっていいことじゃないと思うんだ。
連綿と続いた民族として蹂躙された記憶は、そんなに甘いもんじゃないと思う。文化は歴史の上にしか咲かない花なので、こういう歴史は民族に影響を与えないワケはなく、「それがあるから今の彼らがいる」のだね。
韓国ではキリスト教が広がったこの数十年の間で、20代〜40代の人を中心にして、こういう従来の儒教的でトラディショナルな「苦しみ」に対する認識、ていうのは急速にカタチを変えようとしているように見える。カソリックの核にあるのは「贖罪と赦し」だけど、かの地ではちょっと趣がチガウようです。ええと「穢れを落とす」ようなニュアンスがあるみたいね。
結論:(笑
というワケで、僕としてはこの映画が「女性&芸術礼賛」とも「フェミニズム映画」とも思いません(笑。
現在の韓国の、メジャーというフィールドであたうる限り「ノアール」に挑戦しようとした作品、かな。
芸術性は・・・いいたかないが、あんまり・・・高くはないだろー(笑。ご指摘の通り、小物の使い方が下手だよね(笑。それが「ノアール」としてのリアリティを余計に減殺する。
精製し尽された理想にのみ忠実だ、という男が選ぶものにしては、あまりにも「子供だまし」的になってしまっていた。・・・こんな暴言吐いてるとBHシのファンからナニか飛んで来そうだな(笑。
いや、やっぱ「道(Dao)」っぽいんですよ。東洋思想的な要素が強い。使ったツールが「ノアール」だっただけでね。
民族史から離れるのは、表出する意識でできるほど容易ではナイってことじゃないかと思いますが。
お返事ありがとう!じっくり読ませてもらいますた。(笑)
>「裏社会物語」ってのと「ノアール」てのは、別だと僕は思うのだね。
その通りですね。「西洋ノアール」は徹底的に自己放棄する主人公が出てくるでしょう?
あと、映像に一貫した美学があって、アクションより内面性が前に出てるよね。
>僕は基本的に「ノアールとはナルシスト映画だ」と思っている。
フレンチやイタリアンノアールが面白いのは、徹底的に破壊的破滅的ナルシズムに耽溺しきっているから、「反社会性格者である自分に罪悪感などこれっぽっちも持ってない」から、それがあまりにも歴然と表されているから、カタギとして観ていて怖くて興味深いのだと思う。
この、「反社会性格者」ってとこがミソなんだ。人の持つダークサイドが高濃度で現実化しているのだから、それはイタいし、コワいわいね。
「ナルシズム」がノアールの軸なんですよね。確かに「甘い人生」のナルシズムも、そうとうなモンだけど(爆)
方向性がヨーロッパと逆に向いてるのかな?
そうそう、「罪悪感」の有無ですよね。カン社長とソヌ両方が、ヒスに惹かれた所で、
「罪悪感」というか、裏社会で生きる己に、なんらかの喪失感を感じている証になってしまうでしょ?
>ソヌは「生きよう」としてしまっている。おっしゃるとおり、
「音楽」や「フツーの女」になびいたりするのは、「ノアール」としては「あり得ない」。
このヘンがヒスに対する違和感として僕の中に「?」が出た原因でした。
・・・カン社長はなんであの小娘に執着したのか。お陰で彼まで「ノアール」から離れてしまった。
ヒスがあまりにも「フツー」で、「裏社会のボスの情婦」にしては「聖女」でも「悪女」でもなく、
そのヘンの「若い世間知らずなジャリ」で、「コケティッシュな魔力がある」って描かれ方すらしていない。
「ノアールな男が執着する女」に見えないよね。なのにあの執着はなんだ、と思う。
issiの感じた「裏社会を裏切る」ってのは、そういう意味かな、と思いました。どうであろ?
まったく、みんちゃさんに同意です。(笑)
理屈をこねれば、「裏社会を裏切る」男たちは、その時点で、反社会性すら失うんですからね。
だから、どうしても別の映画として観るしかない。(なぜ、キム監督が「ノアール」って堂々と言えたのか)
キャプション通り「究極の純愛もの」として観るのも、なんだか難しい。
だって、彼らは全くヒスに愛されてないんだすからぁぁ〜。
もしや片思いドラマの変形(ノアール味)ってことかもですね。
ただ、欧米映画が衰退している状況で、案外これを観たフランス人なんかが、
あの最初と最後の「道」的、柳のシーンなんかにえらく感動してしまうかも。(笑)
>「傷つく」というナイーブさ自体が、「反社会性格」とはチガウ。
多分、BHシの役者としての今のもっとも大きな障害はこの点だと思う。要素はあるんだろうね。
ダレにでもあるんだが、メジャーの宿命で彼はそれをとても強く制御しているので、
それが役柄にまで滲んでしまう。
そう!!これなの!!!(強調、爆)コレに尽きるって思うのだすよ。
じゃ、なんでそれほど延々と彼は出口の無い「オトコ」を演じたがるのか?
>北野監督はそれをリリースすることができるんじゃないか、
という期待や予感が、彼がタケちゃんに拘る理由なんじゃないか、と僕は邪推している
(笑。タケちゃんは「ノアール」なんですよ。彼には真っ黒な「反社会性」がある。
自分の理想のために破滅へ向かうことを惜しまない昏いチカラが。
成る程、タケシさんに拘る意味もよく理解できた。ある意味正反対なタイプですもんね。
俳優は特に自分の性格の基本を剥ぎ取った役をやりたがりますよね。
「汚れ役」に挑む事が、前進だと考えるし、特に美男俳優はその傾向が強いような。
@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@
ああ、長い!お茶でもどうぞ。
トクトクトクっ〜〜〜て酒かい!(爆)
「もうひとつの美しき日々」っていう本で、脚本家のユン・ソンヒさんが、
『チェ・ジウは泣くような役ばかりやる、と言う人が多いが、ジウさんのように韓国で美しく泣ける
女優はいない。あの美しい泣き顔が好きでドラマを観るのに、なぜ、そんな事を言うのか、
わからない。得意な事をするのが一番だと思う』みたいな事を書いてるの。
すごく、同感しました。(笑)
BHシもこの路線をこれ以上突っ走ると、タケシ監督の真っ黒さに行かなければならない。
「誰ピカ」でなんかタケちゃんが、一緒に映画作るのは・・・・・っていう感じあったけど、
わかってるんだろうな。ビョンホンシが真っ黒にはなれない素質の人だとね。(笑)
前、みんちゃさんが「真っ黒BH]観たいって言ってたでしょ?
「甘い人生」観たら、そう思うよね。(爆)
こういっちゃ、なんだけど、あれじゃ、中途半端だもんね・・・。
行くなら行って下さい!そう石もつい思った。「真っ黒役」エリックの方が上手そうだす。
ドロンなんかは実人生込みで真っ黒くろすけ、だし!(泣)
アナーキーになるんなら、なってみろ!と思う反面、そんな無理せんでもいいがな。。。と、
親心で思わなひ?
崩壊前までのミンチョル方がソヌより余程「ノアール」だなぁ。ミンチョルの魅力は「ナルシズム」でしょう?VICTORYの為なら、ZEROの影武者を作るなんていうダークな事だって辞さない所があるし。まず、女に心を動かされたことがないってのが裏社会の手本ですよね。(爆そのオトコがヨンスに恋してあの始末!(爆)だから「美日々」って面白し、不可能を可能にする童話性があって飽きないんだと思うんですが?みんちゃさんのご意見はいかに??(笑)
ハリウッドで無理くり「黒」にさせるのか、あえてもっと上手に、
BHシの黒くなりきれない、品格を描いてくれるのかな。どうでしょう?(笑)
どんな映画を観たいですか?また時間が有ったとき教えてね!
>というワケで、僕としてはこの映画が「女性&芸術礼賛」とも「フェミニズム映画」とも思いません(笑。
現在の韓国の、メジャーというフィールドであたうる限り「ノアール」に挑戦しようとした作品、かな。
すっきりしますた。言ってくれてアリガト!!!(爆
そうだよなぁ、と思いつつ、割り切れなさを感じていたのですっごく助かりました。また話してね〜☆
先日の「甘い人生」の観想を忘れないうちに書かせてね。
最初の柳が揺れているシーンからドキドキ。
「おおよそ揺れ動くものは、木の枝でもなく、風でもなく、お前の心である。」
この言葉を聞いた時点でこの映画sukiと思ったBH中毒な私。
愛を知らずに育ったソヌはカン社長に出会って、
彼の中の何か(父親像みたいなもの)に惹かれた。
それはカン社長にもあり、ヒスに対する愛情に比べられないほどソヌを愛しいと思っていた。
あの二つの塔の絵はカン社長とソヌ。
彼はソヌを自分の分身と思っていた、ソヌの中に自分を見て、ソヌは自分に服従すると信じていた。
反対にソヌは自分を信頼しているカン社長は自分の判断を認めてくれると自惚れていた。
そう、この自惚れが2人を破滅に陥れた。
ソヌはなぜヒスに惹かれたか?
彼の周りには化粧と嘘で塗り固められた女しかいなかったから。
初めて会った時の無邪気で素顔なヒス。
あのような無防備な女を知らなかった。
あのように人(女)を見つめる事が今まで無かったから。
ソヌはヒスに惹かれたことに気がつかない。(認めない?)
最後のスカイラウンジでカン社長と向かい合いガラスに映った自分にを見てヒスへの揺れた心に気が付く。
そして今まで夢見ていた世界が薄っぺらい作り物だと。
この心の揺れで全てを失ってしまう「むごすぎる…」自分自身とカン社長に向けた言葉。
最後のシャドーボクシング。
1番哀れなソヌ。(今回とても泣けた)
外側だけで心が成長してない為に自分の揺れ、相手の気持ちに鈍感だった。
人は自分の気持ちに気が付かないものか?
これはブラウン自身にも言える事で、もっと近い人が初期のミンチョル。
ここまでソヌに惚れる理由がこれとは…
もっと早く気が付けブラウン。
見終わった後に、こんなにズシンと心に響いた映画は初めて。
初めはなんで涙が出るのか分からなかった。
時間を空けて違った角度から見ると新鮮なのか?
やっと終わりに出来そう。。。
ココに「コメント」入れてくれて
ありがとう☆
ブラウンちゃんの「直」な感想に
どーなつが「水を差しては・・・」と思いつつ。
「二つの塔の絵」ねー。
どーなつは一回しか観てないんで、おぼろげ〜にしか覚えていないわ。
>外側だけで心が成長してない為に自分の揺れ、相手の気持ちに鈍感だった。
どーなつもね。
ソヌは本当に大人になり切れていないヒトだと思うよ。
だから「自分の心の揺れ」にも気づかず
「揺れても」どーしていのかわからず。
カン社長もなんだね。・・・だから「むごすぎる」結果に。
どーなつは、この映画を観て
「心はいつも揺れていないと」と心底思いました。
どんな「できごと」に対しても
「苦しくも」「楽しくも」「哀しくも」「うれしくも」
常に「心を開いて、その揺れにキモチを委ねてイルこと」が
自分を創っていくのだと。
それが「人の中で生きる」ってことだよね。
「たくさんの人の中にいても」ソコで生きていない人って
いるじゃん。
他の皆さまのレスも入るといいのだけど。。。
久しぶりに甘い人生をみて、自分の心が揺れて思わずネットサーフィンをしていたら、ここにぶつかりました。
みなさん、すごいですね。
そうかー、なるほどなるほど、ソヌってそうだよね、そう思っていたんだよね、といたく感激しています。
わたしの中で感じてはいるんだけれど、うまく言葉にできなかったソヌや登場人物の感情の揺れをみなさんが的確に表現してくださっていて、本当にうれしかったです。(長文なので目がショボショボしましたが 爆)
どーなつさんはじめ、みなさん本当にありがとうございました。
これから、ときどき遊びにこさせてもらいますね。
どうもありがとうございました。(1年も前の記事ですがお礼を言いたくて書かせてもらいました♪)
追伸 わたしももちろん「びょんほん中毒」です。(笑)すてきですよねー、びょんほんさん。
まあっ!はじめまして!
こんなところにようこそおいでに・・・。ビックリ!
しかも↑のコメント、読んでくださったんですか? 2度ビックリ!(笑)
あ〜。目がしょぼしょぼするよね・・・。お疲れ様です。
でも読んでくださって、ありがとうございました!
きっと、↑の皆も喜んでいると思います〜。(笑)
もう・・・。この記事も一年前になるのねえ・・・。(感慨深げ)
劇場公開直後で、みんな言いたいこと言ってますが、
「BH作品」って、後から観ても、その時その時の「味」がありますよね。
これは、私たちがBHファンだからだろーか・・・。
新作も動き始めるようですし、また遊びにいらしてくださいね〜。