2007年02月02日

「夏物語」

観てきました。「夏物語」
遠いところ、ご一緒してくださった「H・L」さん
とってもとってもありがとうございました。(お辞儀・^^)

簡単に。
「ひとこと」で感想を。と思ったんだけど
わたしにゃ無理だ〜〜〜。。。(苦笑

風邪をひいたこともあって
頭がまわらん。TT・・・

まず。
この「夏物語」を観て、素直に感じたことを。


   「死ぬまでずっと傍にいるから」


その言葉の通り
チョンインの傍にはソギョンが
ソギョンの傍にはチョンインが
あの後もずっと・・・
ふたりは寄りそいながら生きていた。

その「カラダ」が近くにある。ことだけが
「一緒にいる」ということではなく
どんなに近くにいても、その心は遠く離れていることもあるように

「魚の石」の「さかなのかたち」を指でなぞりながら
生涯ソギョンを思い続けたのだろうチョンイン。


   「竜王に会いたくて、石になって泣く魚」

それでも「ソギョンとの思い出」が
彼の言葉の通り、彼女の生きる支えになり。

「時代がそうさせた」とは言え
彼女は「自分で覚悟して選んだ」分
その後も、強く逞しく生きていった気がします。

「チョンイン先生は、いつも元気で走り回っていました」
と、「その後の彼女を知る」先生が言っていたように。

あのセピア色の写真の中にあった
笑顔のように。


////////////////////////////

だけど、あの日。
「チョンインの手を離した」ソギョンは
たくさんの後悔を背負い続けた「その後」だったでしょうね。

///////////////////////////


直接「手紙を書く」のではなく
一本のヒノキを植えて育てて
その葉で栞を作る。

その栞を作り続ける、チョンインの横顔が
目に浮かびます。

「ソギョンのもとに届く」確証はどこにもないのに
いくつもいくつも「栞」を作り、知人に渡し続けたチョンイン。


   「わたしは元気よ。幸せにくらしているから安心して」


そう呟きながら
栞のひとつひとつに「その思い」を込めて
きっと、亡くなる直前まで。

長い年月を。人の手を。
巡り巡て、「辿り着くべき人」の手に渡った「ヒノキの葉」

この「ヒノキ」のエピソードが、わたしはsuki。

人生の終わりに
「誰よりも愛しいチョンインがどんな風に生きたのか」
「どんな思いで生きたのか」を
知ることが出来たことは
ソギョンにとって救いだったのかな。
やっぱり辛かったかな。

 何が幸せで
 何が不幸せなのか。は、わからない。

最後のソギョン老人のナミダは
台詞がない分
見ている人それぞれに、それぞれのソギョンの思いを
描かせる。

   「やっと・・・還ってきたわ。あなたのところに」
   「おかえり。ずっと待ってた」


「生きる支え」になるほどの「恋」をしたふたりは
ある意味、とても幸せなふたりだったかも。
と、わたしは思う。


 そういう恋もあり
 そういう愛もある。

個人的に・・・
「万魚寺」の「雨が降ると泣く石」の
泣き声を・・・聞いてみたい。
雨のしずくがあたると、ホントにあんな音がなるのかな。

 「水琴窟」の音を思い出しました。
  ↑ この音大sukiなの。^^






posted by どーなつ at 16:36| Comment(6) | TrackBack(0) | イ・ビョンホン | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
こんばんは^^

自分で選んだジョンインと
突然失ったソギョン

私はジョンインがヨンスとダブったよ・・。

ミンチョルは、あのエレベーターのボタンを
押さなかったら一生後悔したんだろうね。

ソギョンの長年の苦しみを思うと、胸が痛いな。
それでも、消息を知ることができてよかったと思う。

ジョンインは、ほんとに素敵な女性ね。
健気な彼女に次第に惹かれていくソギョンも素敵でした。

ただね・・・編集の・・・詰めの甘さが・・・
こほん、それは言わぬが花?^^

おやすみなさい。
Posted by kokoro at 2007年02月03日 00:42
見てきたのね???

そうそう、彼女が最後に「いつかあの人にこのひのきのしおりが届くかもしれない」って言うジョンインの思い・・・このストーリーほんとによかったよね。

私はこのお話はハッピーエンドだと思っているんだよね。
別れてしまっていたけれどソギョンはいろんな後悔を抱きながらジョンインを思い、ジョンインは
そんな彼のことをわかっていて、「心配しないで。私は幸せだから」と思いながら生きてきた。
最後はソギョンはそんな彼女を感じられて、幸せな気持ちに(救われた気持ちに)なったんじゃないかな・・・

そうそう、あの音、私も水琴窟の音だ!と思ったわ。きれいな音だったよね。
日本の夏の風物詩だけれど、韓国にも同じような音を愛でる感覚があるんだなぁって思ったわ。

ふみやの曲はもう違和感なく見れると思うけれど(1回目違和感なかった。意外なほど)
でも、やっぱり、ロイクラークなんだよね・・・
韓国で映画見たとき、電気やさんで一生懸命音楽に耳を傾けるジョンイン・・・この曲とラスト、
本当に、ぴったりだったもの。
歌詞がまたいいのよ・・・
中年の男が昔を振り返って語るような歌詞なんだわね・・・

Posted by han at 2007年02月03日 00:59
* kokoroちゃん

>私はジョンインがヨンスとダブったよ・・。

そうねえ。似てるよねえ。
「意思」の強い女性だったね。

編集なのか、シナリオなのか。
koちゃんちで「ひとつの色に染め上げられていない」ってあったけど
なるほど〜な表現!って思ったわ。

脇に出てくるキャラが、分離してる感じ。
それだけ「ふたり」をクローズアップさせたかったのかもしれないけど
「ライターの女の子」とか「プロデューサー」とか
「友だち」とか「先輩」とか
物語の進行のためだけに登場。って感じがするんだよね。
唯一「村長」は絡んでたか。

あの後、ノベライズも読んだんだけど
ノベライズは、「ライターの女の子」と「プロデューサー」の心の動きが
表現されているんだよね。
あんまり描きすぎると、ライターの女の子が主役になっちゃうけどね〜。
Posted by どーなつ at 2007年02月05日 22:08
* hanさん

>私はこのお話はハッピーエンドだと思っているんだよね

そうね。わたしもそう感じます。
決して、「身も心も満たされる」ハッピーではないけれど
ソギョンのその後は詳しくわからないけど
少なくともチョンインは、ソギョンへの思いに潰されることなく
自分の人生を歩いていったよね。
その姿が、後から浮かんでくるんだよね。。。

映画に限らず。だけど
「映像」と「台詞」と「音楽」と
全てがあって、「ひとつの作品」だよね。
文章を書く人にとっては、句読点ひとつ。ひらがなカタカナ漢字の表記にも
譲れない拘りがあるように。
フミヤの音楽がいいとか悪いとかの前に
「作り手」が作り上げたひとつの作品を、後から一部音楽だけすり返る。って
どこかに歪が出る気がするんだよね。

「美日々」だって、NHK版は、ところどころ挿入歌が変えてあって
やっぱりギクシャクする感じがあるもの。

韓国版、わたしも観てみたいな〜。
Posted by どーなつ at 2007年02月05日 22:14
どーなつさん、こんばんは〜!

この1週間、家の事情でとっても忙しくて、遅くなってしまいました。
どーなつさんの所へはゆっくり考えながら書きたくて。
「夏物語」、私何度観ても泣けます。涙が溢れて来ちゃうの。
駅で中々ソギョンの手を離せないでいるジョンイン。
ソギョンと別れた後、小学校の校庭でソギョンのことを想いながら
檜を育て、愛するソギョンの元にいつか届く事を信じてその葉で栞を作っているジョンイン。
そんなジョンインのことを訪ねた小学校で知ったソギョン。
その辺りを観ると、涙が止まらない。
今、どーなつさんの文章を読みながら、そのシーンを頭の中で
思い描いただけで、もうダメ。
じんわりと心に染み入る映画だと思います。
ビョンホン、素敵な映画をプレゼントしてくれてありがとうって言いたいな。
Posted by ももりゅう at 2007年02月08日 21:57
* ももりゅうさん

まあ。お忙しかったのねえ。
いっぱいコメント、どうもありがとう♪

ソギョンの気持ちを思うとね・・・。
辛いけど。
ジョンインのことを思うと、何故か清清しい風が吹くようなキモチになるの。
いや・・・。ジョンインも、ソギョンのことを思い続けたんだと思うのよ。
「いい思い出だったわ」と、サラッ言えるような感情でないのもわかるんだけど

こういう生き方もあるよな〜。って
しみじみ思っています。
「この空の下に、あの人がいると思うだけで」生きていける。
そんな「生きる支え」もあるよな〜って。。。
Posted by どーなつ at 2007年02月08日 23:15
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